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2010年11月

2010年11月27日 (土)

ロックなハンバーグ!

ハンバーグ。
子供も大人も大好きなハンバーグ。
僕も大大大好きなハンバーグ。

その中でも世界一好きなのは、

コレ!


Photo

北海道・札幌の『牛亭』


もうね、

ガーリックばりばりで!


かつ、肉はレアで!

最高です!


でも、

3日くらいはガーリック臭が体内から香ってきます。
 
うそ。

2日くらいです。


また行きたい。

これ食べるためだけに札幌行きたい。

まあ、行ったら行ったで、他にも行くけど(笑)


とにかく、牛亭!


ロックです。

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2010年11月26日 (金)

東京タワー

僕は東京タワーが好きだ。


理由は、、、言わない(笑)


昨年、仕事終わりに、
「東京タワーでも見て帰るかな」
と、歩いていたら、

な、なんと、

キレイな月が、


東京タワーに、

刺さっていたんです!

Tokyotower


奇跡的に綺麗な瞬間。


そして良く見ると、
タワーの展望台に、ハートのマーク。

こんなロマンティックな事も、
時々、起こるから、
人生、やめられない(笑)

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2010年11月20日 (土)

奇跡は何度も起こる!起こす!

僕は、エアロスミスが好きである。

エアロスミスはマサチューセッツ州ボストン市を拠点に活動するハードロックバンドである。
1973年、『野獣生誕』でデビューし紆余曲折ありながら、ロックシーンにしっかりとした足跡を残している人気バンドだ。


僕がエアロスミスを好きなのは明確な理由がある。

1994年、僕は仕事でL.A〜ナッシュビル〜N.Yに出張した。
その間約40日。
レコーディングと写真撮影を兼ねた長くヘヴィな海外出張だった。
男ばかり5人で40日間毎日、緊張感の高い作業をするのである。
作業が中々上手く進まない時もあり(そのほうが多いかも)口論もあり、時にはギクシャクした人間関係にもなる。

そんな日々を過ごしていたが、天候だけは毎日、晴天だった。
アメリカ西部、南部の晴天はハンパではない。
とても空気が乾燥している。
だから、何故か、、、当たり前だが、、、

アメリカンロックが似合う(笑)


僕は毎日、一人用のコテージでアメリカンロックを流す。
その音量は日に日に増していく。
そこで僕がヘヴィローテーションしていたのが、
1993年 にリリースされたエアロの『ゲット・ア・グリップ』だ。

殺伐とした毎日を過ごす中、僕はエアロに救われた。
毎朝、毎晩、気がついたらエアロばっかり聴くようになっていた。


そうこうしている中、地元コーディネーターが、
「今週末、エアロが地元に来るよ」と僕に言った。
その金言に僕は酔った。
そしてその日は、なんと僕らのレコーディング作業は「休日」だった。
僕はこの奇跡を喜び、「エアロは僕らのために来てくれるんだ」と
小学生でも思わないだろう自己中心的なくらいの解釈でその日を待った。

その日はやはり晴天。
20,000人収容の野外コンサート会場は、どこから集まったんだ?と思うくらいのロッカーで埋まっている。革ジャンに身をかためた強面の兄ちゃんが「お前、どっから来たんだ?」と言うから「エアロを観るためにTOKYOから来たぜベイビー!」と答えたら大笑いしながら「Heyにいちゃん、サイコーだ!」とビールを奢ってくれた。
会場がむせかえるほどに満員になった時、大音量と共にエアロが登場した。
僕のテンションも最高潮だ!
こんなにアガって、拳を振り上げるなんて!
日本じゃ恥ずかしくて出来ないアクションを僕は無意識にやっていた!

そしてスティーヴン・タイラーの第一声は、、、

『HELLO ! 20,000 People & mother F■△×○R !!!』

だった。
もう何も言えねーくらいに最高の一夜が始まった。

その一夜の事は僕の大切な大切な思い出である。


時は流れ、、、
2002年、エアロスミスは東京ドームで来日公演を行った。
エアロのライブは1994年ナッシュビルで観た以来の久々の「再会」だ。
僕は縁があって、ステージ袖でライブを見れる幸運に恵まれた。
(なんという奇跡アゲイン!)

開演直前、ステージ裏でマイクを抱えながら精神統一をしているスティーヴンを3mの間近で見た。
(これも普通有り得ない)
彼の呼吸は、とても繊細でとても壊れやすいものだった。
数万人のロッカーを一瞬で魅了してしまうパワーは何処にも見当たらない。
スティーヴンがとても小さな怯えた生き物に見えた。

僕は心の中で彼に言った。

「Nice to see you again ! & good LUCK!」

僕に起きた2度の、いや、数度の奇跡がエアロスミスを今でも大好きでいさせてくれる。
ナッシュビルで、あの環境でエアロを聴かなければ、僕にとってはただの「いいバンド」で終わっていたかも知れない。


出会いは偶然である。
そして「じつは必然なんだ」と思いこむ事も出来る。
自分の中だけでは、勝手な妄想で勝手な解釈を作れる。
そんな事で『明日』が豊かで希望に満ちた日になれば。

それでいいと思う。

だから僕は勝手に思いこんでいる、、、


エアロスミスは、僕の大切な「友人」だ(笑)

Aero

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2010年11月17日 (水)

76歳の少年

昨日、長野県の橘自然農園に行ってきた。
炉バルLOで仕入れている有機野菜を生産している農園だ。

パンケーキで有名なbillsの玉子はここから仕入れていたり、有機農法の世界では知る人ぞ知る存在の北沢社長。
氏が営むその場所に、僕はどうしても行きたかった。
直感的に、行きたかった。


往復5時間、滞在3時間の強行軍で僕らは長野に向かった。

高速を飛ばし、碓氷の紅葉、浅間山、北アルプスの遠景を目にしながら農園に向かう。


高速を降り、ワインディングロードを30分走り、
広大で長閑な畑、懐かしい薫りの母屋に着いた。

そこには76歳の「少年」が待っていた。

北沢徳重氏。
僕の拙い文力では氏のプロファイルを語れないので割愛するが、そこにいたのは紛れもない「少年」だった。

日に焼けた、艶のある肌。
曇りのない眼差し。
屈託のない笑顔。

僕は一発で、この「少年」と話がしたくなった。


テーブルの上いっぱいに有機野菜、自分で育てた鶏、漬け物、白米、そして玉子。
それらは、単なる美味しい食材ではない。
「少年の宝物」そのものだと思った。

「少年」は語る。
『俺は昔は石屋だった。でもな、後生にな、大切なものを残していきたかったんだよ。それが農業だった。だから60歳過ぎてから始めたんだ』
『日本は必ず食料で苦労する時期が来る、そう考えたのはガキの頃だった。口の中に入っていくもんに何故みんな注意しねえんだ?何故そこに手間暇かけねえんだ?何故そこに国は支援しねえんだ?不思議じゃねえか?』
『だけど苦難の連続だったな。肩書きもねえ、実績もねえ俺は受け入れられなかったよ』

氏曰く、地元じゃ「変人」と言われているらしい。
たしかに従来の農業関係者からしたらその氏の考え方は、時に受け入れられないだろう。

でも、僕からみたら変人でも何でもない。
氏の言葉は「正論」なのである。

僕は学がないので理論だててそのことは判断できない。
だが、氏の言う「美味しいモノを作る努力を惜しまない」「人様の口に入るモノも命をかけて作る」「日本の食料文化を正しいものにしたい」「その道を後生に残したい」という意志は、僕に突き刺さった。


そして、その言葉以上に、
北沢じいさんのその「少年」に、僕は惹かれた。


沢山のご馳走をいただいた後、畑に一緒に行った。

その景観は圧倒的だった。
「見て見ろ、俺の畑だけ、緑色してねえか?」
真冬の佐久の大地に広大に拡がる畑が、土色と緑色のコントラストでクッキリ別れていた。
「これが命ある野菜なんだよ」


僕は足下の、生き生きと育ったミニ人参を土から引っこ抜いた。
「見て見ろ、その葉っぱ」
その葉は、完全な左右対称で、コンピュータで描いたように数学的にも美しいデザインだった。
「これが有機で作った証拠だ。農薬散いたらこうはならねえ」

命深いものは、美しいんだ。


名残惜しくも、東京に帰らなければならないぼくらは、予定時間を2時間過ぎて橘自然農園を後にした。
北沢のじっちゃんは、その目をキラキラさせながら言った。


「いつでも来てください。やっぱ作る人と売る人はこうやって直接会わねえといけねえんだ」

胸に響いた。
忘れてはいけない言葉。
じっちゃん、ありがとう。
会えて本当に良かった。
沢山の宝物、いただきました。


必ずここにまた来ます。
今度は友人を連れてきます。
皆に、じっちゃんの話を聞かせてください。
一緒に発泡酒を飲みながら。

Img_5759


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本当は、もっともっと書きたい事があるのですが、何度書いても僕の文筆力じゃ伝えられなかったんです。中途半端な文で申し訳ない。
でも、そこに行って感じたことはどうしても書きたかったんです。

北沢社長、そして橘自然農園の有機野菜はとても生命力のある野菜です。そして単純に美味しい。
我々炉バルLOではこの野菜を皆さんにもっともっと届けたい、そう考えています。

健康な野菜を食べて、健康な日々を一緒に送れたら幸せですね。

「この野菜を皆さんに食べていただきたいな」
とう一番シンプルな答え。
実現に向けて、僕らは動こうと思います。


マネジャー・龍

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2010年11月10日 (水)

カシスソーダ

昔の話である。

僕は20歳の時に、バイトで音楽業界に入った。
あるメジャーレーベルの宣伝部だった。

その採用担当者がとても綺麗な女性で、僕は少し好きになった。
彼女がいた僕は、あくまでちょっと好きになった(笑)

時は流れ、僕はそこを1年で辞めて同業他社で働き出した。
その採用担当者とも25歳くらいの時に会っただけで、
その後、連絡をとることもなかった。
連絡方法は知っていたけど。


昨日のことだ。
もう25年くらい友人関係の石井君が店に来てくれた。
石井君は当時、メジャーレーベルで一緒に働いていた仲間だ。
彼とは5年ぶりの再会。嬉しい再会だ。
「3,4人で飲ませてください」
そう言った彼は誰が来るとは言わなかった。

少しして店の扉が開いた。

そこには、20年前と全く変わらない、その採用担当の女性が立っていた。

「久し振り、懐かしいね」

その笑顔は本当に、何も、変わっていなかった。


石井君は時々その女性と連絡を取っている仲。
バイト当時、僕が彼女に好意を寄せているのを知っていたから、
サプライズを仕掛けたのだそうだ。

サプライズにもほどがあるよ。

珍しく、僕は少し、慌てた。


鼻の奥の方が、むずむず、甘酸っぱくなった。

甘酸っぱく、そして懐かしく、、、

少し切ない気持ち。

ロックンロール。

「少し胃が疲れているから」
そういった彼女に、カシスソーダを僕は作った。
少し薄めの、カシスソーダ。


今から25年前、当時人気絶頂だった佐野元春のライブ。
チケットは超プレミアだった。
その採用担当者と僕は一緒に佐野元春のライブを観た事がある。

市ヶ谷から神奈川県民ホールまで、
その女性と一緒に焦って向かった思い出。


それが唯一のその女性とのデートだった。


思い出は変わらない。色あせない。
自分が変わっていなければ、何も風化しない。
外見は少々変わったとしても、
その内側は、変わらないでいることが出来る。


ただ少し、甘酸っぱくなるだけ。


ロックンロール。

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2010年11月 9日 (火)

あるHOTELのTOILET

たしかに、

MEN


Men

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2010年11月 8日 (月)

秘密の場所

こんばんは。

あ、もう暁だね。


突然だけど、みんな、自分だけの『隠れ家』持ってない?

日々戦っていると、ふとどこかに行きたくなったりして。

写真は、僕がたまに行く場所。

Photo


ここはとあるビルの屋上。

東京タワー、六本木ヒルズ、羽田空港…
天気が良ければ、富士山。

結構綺麗に見える。


そういえば、最近は行ってないな。
「ふっ」と息を抜きたくないのかな。

んじゃ、近々行ってみるかな。

BGM:「東京」 by くるり

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2010年11月 6日 (土)

ボロは着てても心は錦

今週の頭、19時頃だったかな。
店のドアが開いて「いらっしゃいませ!」と言ったら、
そこにいらしたのは以前僕が晴海で働いていたときのお客様だった。

「いやあ、ビックリさせようと思ってさ」
とおっしゃったOさんとTさんはニコニコと「してやったり」顔で笑っていた。

僕は本当にビックリして、本当に嬉しくて、
いろいろな感情を笑ってごまかすのに必死だった。

OさんとTさんはとても楽しんでくださった。
ビール、ワイン、焼酎、料理の注文の仕方、
その楽しみ方は以前と変わらない。
素敵な食事をされる紳士だ。

そのOさんが僕に一言、言った。

「龍さん、この店はお金をかけているね。いい感じだ。
 でも、本当にいい店とは、笑顔と笑い声に満ちあふれている店。
 どんなに格好良い店でも、客が楽しんでいないといけない。
 たとえ、すきま風が入ってくるあばら屋でも、
 皆がワイワイガヤガヤ楽しんでいたら最高じゃない?
 だから、この店も、笑い声が絶えない店にしてください」


そう言って、Oさんは少々千鳥足で帰られた。

帰り際に、
「今夜はとても楽しかった。また来ます」
と言ってくれた。


Oさんからいただいた、宮崎の焼酎、「甕雫」。
一升の甕だから、
この店が笑顔で満ち溢れたとき、皆で飲みたいと思います。

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2010年11月 2日 (火)

本当の感謝は言葉に表せない。

遅くなりましたが、
10月31日(日)の「炉バル感謝祭」
沢山の方々のご来場、
本当にありがとうございました。


初めて来てくださった方々、
よく来てくださる方々、
何年ぶりかで再会した方々、


本当に感謝、感謝です。

ブログの更新が遅れたのもこの感謝の気持ちを
言葉にできなくて。


本当に有り難い気持ちになった時、
言葉は時に無力です。


今もうまく書けないので(笑)
昨日、友人からいただいたメールの一文を記します。

  愛されて

   優しくなれて

    その優しさ故に愛されて


ミスチルの歌詞らしいのですが、
幸せの連鎖、始めるのは、自分からなんですね。

もっと精進しよう。

K嬢、素敵なメール、ありがとう。

それにしても、ミスチル桜井君、天才だ……

あの人は、じつはロックな人だと思います。


んじゃ、また!

yeah!

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